会社概要

創業者は画家でした。
仕事の傍ら好きな油絵を描いていました。
時折スケッチ旅行にも出かけ晩年は自宅で作品つくりに没頭しました。
この椿の絵はそんな作品のうちの一枚です。
創業当初は筆一本あれば仕事ができる、そんな時代でした。
時代は移り、メディアも変わりました。移りゆく時代に合わせ、私たちは事業形態を変化させてきました。
速い流れに順応しつつも、原点を忘れないようにとこの絵は飾られています。
創業者は画家でした。
仕事の傍ら好きな油絵を描いていました。
時折スケッチ旅行にも出かけ晩年は自宅で作品つくりに没頭しました。
この椿の絵はそんな作品のうちの一枚です。
創業当初は筆一本あれば仕事ができる、そんな時代でした。
時代は移り、メディアも変わりました。移りゆく時代に合わせ、私たちは事業形態を変化させてきました。
速い流れに順応しつつも、原点を忘れないようにとこの絵は飾られています。

代表挨拶
「昭和、平成、令和を経て」
創業者は画家でした。自身の技術を活かした事業を手がけるという思いから我が社は始まりました。
当社は「人と街をつなぐ広告会社」を理念に、創業80年さまざまな広告を手がけて参りました。
「人と街をつなぐ広告会社」の精神は祖父、父、そして息子へと継承され次世代へと引き継がれていています。
こうした理念と日常の動線に寄り添う我が社の広告は地域の皆様と共に歩んできたと考えています。
そしてこれからもお客様の想いを形にし地域に親しまれる広告を手がけて参ります。
代表取締役社長
小林清二
経営理念
人と街をつなぐ企業
創業以来私たちは広告を通じて人と人、人と街をつなぎ、地域に息づく価値と想いを伝え続けてきました。
日常の動線に寄り添い、街の一部として信頼される広告を制作していきます。
歴史
岐阜市吉野町で昭和22年に創業しました。当初は、旧国鉄駅舎内の広告、マイクロバスによる宣伝放送、そして当時は日常生活の一部であった銭湯の脱衣所や浴場内のポスター広告などの宣伝業務を行なっていました。

日本経済の発展に伴い、当時の岐阜市に多くあった百貨店や商店街は活気にあふれていました。我が社も店内装飾・売り出し看板などの取り替え業務などを行うなどで発展したことで資本金1000万円で株式会社化しました。

現在の社屋である領下に本社、工場が完成し移転。

(故)小林良之が代表取締役社長に就任。以降45年間勤める。

前社長小林良之の死去に伴い、新社長小林清二が就任。株式会社彩工社の経営体制の新たな転換点となる。

会社概要
| 商号 | 株式会社彩工社 |
| 住所 | 〒500-8154 岐阜県岐阜市領下4丁目67番地 |
| TEL | 058-245-8137/8143 |
| FAX | 058-247-9871 |
| 代表取締役 | 小林清二 |
| 設立 | 昭和28年(1953年)10月3日 |
| 資本金 | 1000万円 |
| 主要取引先 | 東海旅客鉄道(ジェイアール東海エージェンシー広告取扱指定代理店) 名古屋鉄道 |
| 主要取引銀行 | 十六銀行 本店 岐阜信用金庫 本店 三井住友銀行 岐阜支店 みずほ銀行 岐阜支店 |
| 事業内容 | バス広告 ロードサイン(屋外広告) 看板企画・製作 イベント・展示会場設営・各種式典 など |
会社概要
| 商号 | 株式会社彩工社 |
| 住所 | 〒500-8154 岐阜県岐阜市領下4丁目67番地 |
| TEL | 058-245-8137/8143 |
| FAX | 058-247-9871 |
| 代表取締役 | 小林清二 |
| 設立 | 昭和28年(1953年)10月3日 |
| 資本金 | 1000万円 |
| 主要取引先 | 東海旅客鉄道(ジェイアール東海エージェンシー広告取扱指定代理店) 名古屋鉄道 |
| 主要取引銀行 | 十六銀行 本店 岐阜信用金庫 本店 三井住友銀行 岐阜支店 みずほ銀行 岐阜支店 |
| 事業内容 | バス広告 ロードサイン(屋外広告) 看板企画・製作 イベント・展示会場設営・各種式典 など |


